認知症いろいろ たしかめてください、患者さんの「認知機能」

Dementia Support 2011 Summer

私の描くDementia Support

パーソンセンタードケアで穏やかな生活を提供する病院

小高い山の上に建つ「きのこエスポアール病院」

医療法人社団きのこ会 きのこエスポアール病院(岡山県笠岡市)

JR山陽本線笠岡駅から車で15分ほど行ったところに、全国から多くの認知症ケア関係者が見学に訪れる病院がある。そこで繰り広げられているのは本人に焦点を当てた“パーソンセンタードケア”だ。しかし、ここに至るまでには数々の試行錯誤があったという。ケアが変わることで認知症の人たちの生活がどのようになってきたか、院長の佐々木 健氏に伺った。

自分たちは病気しか見ていなかった

 この施設の名前は「きのこエスポアール病院」(180床)、1984年に開院した日本で最初の認知症専門の精神科病院だ。院長の佐々木 健氏はそれまで岡山大学医学部で脳の神経病理を研究していた。臨床に携わりたいという思いと、認知症高齢者や家族が実際に困っている状況を見て、「少しでも助けになりたい」と病院設立を決意した。

 「当時の認知症患者に対する一般的な捉え方は、脳が壊れ、そのために正常な機能も低下し、変なことや困ったことをする人というものでした。私は、そうしたいわゆるBPSD(認知症の行動・心理症状)をなんとか医療の力でコントロールできるのではないかと考えたのです。しかし、今思えばそれはまったく浅はかでした」と佐々木氏は当時を振り返る。

 佐々木氏が当初目標としたのは症状を抑えることだった。そのためには向精神薬などの薬物も積極的に使用した。あるいは集団でのボール投げなどの訓練も熱心に行った。また、徘徊する患者のためによかれと、歩きまわっても元に戻れる回路式廊下を全国に先駆けて設けた。ところが2、3年続けているうちに、佐々木氏の中に疑問が徐々に湧いてきた。

 「認知症の患者さんたちは少しも幸せそうじゃない、自分たちのアプローチは何か間違っているのではないか──」

 悶々としながらもケアを続けていた時代を佐々木氏は“停滞期”と表現する。

 停滞期からの脱却のきっかけとなる出来事があった。95年佐々木氏や同院のスタッフらは、当時大規模施設からグループホームなどの小規模施設へと移行しつつあるスウェーデンの状況をつぶさに見てまわる機会を得たのだ。訪問した先々で何よりも驚いたのが施設内の静けさだった。そのころのきのこエスポアール病院の様子といえば、患者やスタッフが絶えず動きまわり、ザワザワと騒がしかった。そのあまりの違いに佐々木氏らは、重症患者は別の場所に隠しているに違いない、とさえ思ったという。

 「施設の人に『重症の人はどうしているのですか』と質問したところ、キョトンとしていました(苦笑)。彼らは、『重症の人も皆と一緒にコーヒーを飲んだり、おしゃべりをしていますよ』と答えるのです。よく見ると、皆さん確かに、そうして過ごしていらっしゃる。徘徊しようとする人にはそれを否定するのではなく、スタッフが一緒について散歩をしていました。認知症の人を人間として対応し、その人がその人らしく生活できることを援助するケアが行われていたのです。それは私たちには大変なショックでした」

院長の佐々木健氏

 自分たちが病気を治療することにしか目を向けてこなかったことに気付かされた佐々木氏は、その人個人に焦点を当てたケアにベクトルを大きく変えることを決意。帰国後、早速スタッフの意識改革に着手した。

佐々木 健(ささき けん)
医学博士。1974年鹿児島大学医学部卒業。岡山大学医学部神経精神科等を経て80年きのこ診療所開業。84年日本初の認知症高齢者専門病院・医療法人社団きのこ会「きのこエスポアール病院」開設とともに院長に就任、87年社会福祉法人新生寿会理事長に就任、現在に至る。

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