認知症いろいろ たしかめてください、患者さんの「認知機能」

Dementia Support 2012 Winter

認知症ケアの今日、明日

街に出るデイケアで個人の生き方や歴史を尊重したケアを実践

回想療法から患者の「個人史」を制作

 細見クリニックの施設は、2階が外来診療で3階がデイケア施設。デイケアの「かなりあ」という名前は“月夜の海に浮かべれば、忘れた唄を思い出す”という、西条八十の歌詞で知られた名曲にちなんだものだ。部屋の中に足踏みミシンや昔の電話機などを置き、障子には和紙を貼り、“昭和の暮らし”を彷彿させる療養環境が創出されている。

 細見氏は「認知症患者が安心して一日を過ごせる療養環境とケアを整備したい」との思いから、認知症ケアの専門家でOTの小川敬之氏(現九州保健福祉大学教授・細見クリニック顧問)に協力を依頼し、建物の設計段階から企画に参加してもらった。

 「かなりあ」のケアの特徴としては、「ノープログラム」による個別ケアの実践と、4〜5名のスタッフが多様なメニューに責任をもって関与する「テーブル担当制」がある。

 「ノープログラム」とは、スタッフ主導のお仕着せのプログラムではなく、利用者が関心をもてそうなメニューを複数準備し、利用者が自由に選べるようにするもの。関心のもてないプログラムであれば隣のテーブルに移動すればよいし、その日に興味のもてるものがなければ、奥の部屋で静かに過ごしているのもよい。

 「テーブル担当制」は、上記の複数のメニューを同時並行に進めていく試みだ。テーブルごとに編み物や料理、書道など各々の利用者が関心のもてそうな活動をスタッフが想定・準備し、利用者は興味のあるものを選べるようにする。

 「ノープログラムとはいえ、スタッフによるお膳立ては必要で、お膳立てをしながら利用者が“選べる”仕組みをつくっています。これを実践するのにスタッフは大変な苦労をしますが、試行錯誤を重ねる中で創意・工夫が生まれ、内容を洗練させていけばよいと考えています。要するに認知症患者さん一人ひとりの生き方や歴史、価値観等を尊重したケアが何よりも大切ということです」と持論を語る。

細見 潤(ほそみ じゅん)

医学博士。1950年宮崎県生まれ。76年、鹿児島大学医学部卒業。80年3月、鹿児島大学大学院医学研究科修了後、同年4月から同大学医学部助手。同年9月、同大学医学部神経精神医学講座兼任講師。82年より宮崎県立富養園第一精神科医長。88年より14年間、宮崎県精神保健福祉センター所長を務める。2002年4月に医療法人ハートピアを創立、理事長就任。同年9月より細見クリニックを開設し院長を兼務、現在に至る。精神保健指定医。日本精神神経学会精神科専門医。
日本精神神経学会、日本認知症ケア学会、日本老年精神医学会等、多数の学会に所属。

 「かなりあ」および施設外でのデイケアの現場を統括するのは、事務長の松田ヒトミさん。松田さんは上級認知症ケア専門士で、PSWや社会福祉士等の資格をもつ認知症ケアの専門家でもある。

 松田さんは次のように指摘する。「当クリニックのデイケア活動では基本的に職種ごとの明確な機能分担があるわけではなく、看護師、OT、PSWが各々参加しますが、皆が担当する一人ひとりの利用者と話をしながら、そこで聞いたこと・感じたことをケアの中に取り入れていきます。初期のころは、どちらかというとOT主導でケアの内容を吟味していたようですが、最近ではすべての職種のスタッフが患者さんの生活歴や背景を念頭に置いて、自主的にケアのあり方を検討する形へと深化してきたと感じます」。

 「かなりあ」では毎週、回想法のグループワークを行っているが、2010年からボランティアと職員が協力して、同意を得た認知症患者の回想を聞き取り文章化。表紙を付け写真も入れて編集した「個人史」(冊子)を制作し、患者本人や家族に進呈するというユニークな試みを始めた。

「街のオアシスに参加すると、認知症患者さんの表情が明るくなって帰ってきます」と看護師の冨田ひとみさん

「デイケア・スタッフが認知症患者さんから聞いたこと・感じたことをケアの中に取り入れていきます」と、事務長で上級認知症ケア専門士でもある松田ヒトミさん

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