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帰宅願望ともの盗られ妄想

愛媛大学大学院医学系研究科 脳とこころの医学准教授 谷向 知

はじめに

 アルツハイマー病では、近時記憶や見当識、実行機能といった認知機能の障害によって、様々な生活障害がみられる。また、不安や抑うつ、妄想、徘徊、昼夜逆転など多くの精神症状や行動障害(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:BPSD)が現れる。BPSDは介護者にとって介護負担を増大させる原因となり、対応に苦慮して医療機関を受診することが少なくない。また、本人にとってもつらい症状である。本稿では、最近経験した自験例を通して、アルツハイマー病でみられる帰宅願望ともの盗られ妄想について考えてみたい。

帰宅願望 〜夕暮れ症候群〜

 施設に入所している、自宅で生活しているにもかかわらず、「もうこれくらいにして、帰らせていただきます」と言って帰り支度をするアルツハイマー病患者は少なくない。「どこに帰るのか?」と尋ねると、子供の頃に生活していた家に帰ると言う人が多い。アルツハイマー病が進行してくると、場所の見当識が障害され、また近時記憶が著しく障害されて遠隔記憶の世界で生活しているかのような感じを受ける方も少なくない。また、人物の誤認(人の見当識障害)がみられるために、配偶者や子供であることがわからず、なじみのある場所への帰り支度を始める。とくに、これらの症状は日が傾いた頃によくみられることから、夕暮れ症候群(Sundown Syndrome)と呼ばれる。

【症例】70歳代、女性
 ごく軽度のアルツハイマー病で、兄弟やお子さんがいないため独居していたが、火の始末や服薬管理が行えないために施設入所となった。入所して、数日は穏やかに過ごしていた。しかし、1週間を過ぎたあたりから、他の利用者を叩いたり、施設職員に杖を振りまわすようになり、施設内対応が困難なため、入院希望する施設職員に付き添われ来院。本人から話を聞くのが通常であるが、同伴した職員がせきを切ったように施設内の出来事を訴える。その間、本人はいたって穏やかに聞いている。その後、どうして杖を振りまわすのか本人に尋ねてみると、以下のような返事であった。施設入所して個室に入った。夕日がよく見える部屋だと言う。夕日を眺めているとふと自分の幼かった頃のこと、亡くなった両親、故郷を思い出し感傷的な気分になる。そんなところに、施設職員や他の利用者が訪ねてきて、「夕日がきれいに見えるお部屋でいいね」「羨ましい」と言われると、私の気持ちもわからないで…となぜだか無性に腹が立ってくるのだと言う。こういうことが繰り返されるので、施設職員が入ってくるのを嫌がるが故、追い払うために杖を振りまわしていたとのこと。
 入院の必要があるとは判断せず、同伴した施設職員に「本人の気持ちを理解する」「そのためにはまず本人に理由を尋ねる」「会話を持つ」ことをお願いして、初診は終了した。1週後の受診時には、施設職員からは「急に怒り出すことが少なくなった」、本人からは「スタッフの人が少し話を聞いてくれるようになった」とのことであった。今後、近時記憶障害や場所の見当識障害が進行していくことが予想され、夕暮れ時にはノスタルジックな気分から、「お母さんに心配かけないように」「自分が一番安心できる」“お家に帰ろう”“お家に帰りたい”という感情が呼び起こされ、帰宅願望が強くみられるようになる可能性が高いと考えられる。日頃から施設職員が会話や状態観察から本人の気持ちを察して接し、居室になじみのものを置くなどの環境調節を行い、本人にとって安心して暮らせる場所になっていくことを期待したい。

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