認知症いろいろ たしかめてください、患者さんの「認知機能」

認知症特集

これからの認知症で果たすべき役割 −三重大学の認知症診療の変遷と地域連携−

アリセプト®の登場は患者の受診行動にどのような変化を与えたか? 〜受診行動からの検討〜

三重大学大学院医学系研究科 認知症医療学講座准教授 佐藤正之
三重大学大学院医学系研究科 認知症医療学講座助教 木田博隆
三重大学大学院医学系研究科 神経感覚医学講座・認知症医療学講座教授 冨本秀和

はじめに

 夏目漱石は晩年、胃潰瘍に悩み、大出血が原因で49歳でこの世を去った。1970年代までは胃潰瘍の治療というと食事療法と手術で、少し症状が進むと胃の摘出術が行われた。腕の立つ外科医が着任した村では無医村ならぬ“無胃村”になる、と揶揄されたほどである。しかし1980年代に入りH2ブロッカーの出現により、胃潰瘍の治療は一大転機を迎えた。胃潰瘍の大部分は内科的治療で完治できるようになり、手術は動脈硬化が原因のものなどごく一部に限られるようになった。それは「多くの外科医が開店休業状態になった」ほどという。このように一つの薬剤の登場が、疾患とそれを取り巻く医療環境を大きく変化させることがある。
 本邦初のアルツハイマー病(以下AD)治療薬であるアリセプト®は、1999年に承認された。昨年新たに3つの薬剤が加わるまでは、本邦で唯一のAD治療薬であった。本稿ではアリセプト®の登場前後で、認知症を取り巻く環境がどのように変わったかを、いくつかの臨床データを指標に述べる。

アリセプト®登場前・後のAD患者の受診行動の変化

 アリセプト®が登場するまでは、ADは“診断できても治療できない病気”であった。問診と診察結果からADを疑い、神経心理検査の結果がそれに矛盾のないことを確かめ、血液検査や脳画像検査で血管性認知症やいわゆるtreatable dementiaを鑑別して診断を下すと、BPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia、当時は周辺症状といった)への対処を除くと医療的にできることはなく、福祉関連窓口への相談を勧めた後は「何か問題が生じたら来てください」と再診予約も取らないことが多かった。
 しかしアリセプト®の登場により、ADの症状を軽減し進行を遅らせることが可能になった。早期発見・早期治療の重要性が叫ばれるようになり、さらには産官学が一体となった啓発活動が展開され、医療や福祉従事者だけでなく一般市民の認知症に対する理解も進んだ。われわれは、アリセプト®登場前後でのアルツハイマー病患者の受診行動の変化を、過去20年間にわたる入院患者を対象に検討・報告した1)。以下、その要約を記す。
 1990年10月から2011年3月までの間に、三重大学医学部附属病院神経内科に入院したAD患者96例のうち、サマリー上の記載が十分であった85例を対象とした(男35人、女50人。平均年齢68±10.3歳)。アリセプト®承認前の1999年10月までに入院した患者を前群、承認後に入院した患者を後群とし、病歴上での発症から初診までの期間(月)、初診時の認知機能(Mini-Mental State Examination(MMSE)、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R))、主要な初発症状である物忘れ、BPSD、実行機能障害について、両群間で比較した。結果を図1〜4に示す。
 発症から初診までの期間は、前群35.7±16.5カ月、後群24.9±14.9カ月と、有意に短縮した(p=0.005)。初診時の認知機能については、MMSEでは前群15.7±5.04点が後群19.4±5.19点に(p=0.019)、HDS-Rでは前群11.6±6.42点が後群17.2±6.23点に(p=0.004)、それぞれ有意に増加した。初診時の各症状が占める割合については、前群では物忘れが55.6%、BPSD29.6%、実行機能障害が7.4%であったのに対し、後群では順に64.9%、3.6%、14.0%であり、BPSDが有意に減少していた(p=0.001)。

図1 発症から初診までの期間

図2 初診時の認知機能(MMSE)

図3 初診時の認知機能(HDS-R)

図4 初発症状の内訳の変化

受診行動の変化から推察できること

 アリセプト®登場前後での受診行動の変化をまとめると次の3つになる:(1)発症から専門医受診までの期間が11カ月短縮、(2)初診時の認知機能はMMSE3.7点、HDS-R5.6点向上、(3)初発症状はBPSDが約1/8に減少。これらは、この20年間でADがより軽度の段階で早期に、しかも以前だとBPSDの発症を契機に受診に至っていた症例についても、中核症状で気づかれるようになったことを示唆する。原因の一つとして、かかりつけ医や福祉従事者、一般市民の認知症への理解が高まったことが挙げられる。
 今回の評価対象は大学病院神経内科の入院患者である。外来患者や市中病院、診療所での患者を対象とすれば、異なる結果になった可能性もある。また、この20年間の医療情勢の変化、介護保険の導入、経済状況の変化などの影響も十分考え得る。しかし、認知症に携わる者なら誰もが感じていた受診行動の変化を、客観的指標をもとに明示したことには意味があると考える。

アルツハイマー病治療のこれまでとこれから

 治療薬のなかったADに対してアリセプト®が登場したことにより、医療、福祉、一般市民での認知症への気づきがアップしたことが示唆された。昨年の新たな3つの治療薬の発売は、さらにそれを推し進めると期待される。しかしこれらはいずれも、症状を軽減するsymptomatic drugである。病気の進行そのものを遅らせるdisease modifying drugが世に出たときが、AD診療における真のコペルニクス的転換が生じるときであろう。

文献
  1. 1)佐藤正之、木田博隆、冨本秀和:アルツハイマー病患者の初診までの期間と初診時認知障害の程度:三重大学神経内科における20年間の入院患者での検討、臨床と研究、88、1617〜1618(2011)

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